エンペドクレス B.C.450年頃

B.C.500年頃。
哲学史は、2人の天才を生み出した。

ヘラクレイトスとパルメニデスである。

だが!

ヘラクレイトスは「存在は変化する」と言い、
パルメニデスは「存在は変化しない」と言った。

さぁさぁ、まったく正反対の哲学が、ふたつ出てきてしまった。

しかも、どちらも、それなりに正しいように思える。

パルメニデスの言う「存在は変化しない」という哲学は、
とっても合理的で理性的で、正しそうだ。
だが、本当に、「存在は変化しない」のであれば、
世界はカチコチの石のように止まってしまうんじゃないか、
という疑問も出てくる。

その意味では、ヘラクレイトスの「存在は変化する」というのも
正しいように思える…。

つまるところ、
理性的には、「存在は変化しない」ように思えても、
感覚的には、「存在は変化している」ように見えるのだ。

哲学史は、この相反する二つの哲学を統合する必要に迫られる。
そして、それをやったのが、エンペドクレスである。

エンペドクレスは、
B.C.450年頃の哲学者で、かつ、詩人であり、医者であり、
民主政治を導いた偉大な政治家でもあった。
さらには、呪術的な能力を持った宗教家でもあった、
というわけのわからない人だ。

そんな異才エンペドクレスはこう考えた。

「存在は決して変化しない。それはそのとおりだろう。
 水は、どこまで小さくしても『水』だろうし、
 土はどれだけ小さくしても『土』だろう。
 しかし、実際に、この世界には、多種多様なものが存在している。

 ならば……、『水』や『土』などの、
 決して変化しない最小単位の根源(元素)があり、
 それらが結合したり、分離したりして、多種多様なものに見えるという
 考えはどうだろうか?そう考えれば、
 パルメニデスもヘラクレイトスも、両方、正しいと言える」

たとえば、
絵画などは、どんなに複雑な色使いをしていても、
実は、「赤、青」のような数種類の原色からできているにすぎない。
それら原色を、混ぜ合わさると、多種多様な色彩がそこに現れる。
だが、その色彩の根源となっている「赤」や「青」などは
実際には、決して変化していないことは明白である。

たしかに、このように考えれば、ヘラクレイトスの意見も、
パルメニデスの意見もすっきりまとめることができる。
ようは、
「存在は、変化しないが、変化しているように見える」 という矛盾を
エンペドクレスは、
「元素(存在)は決して変化しない……が、
 元素には複数の種類があって、それらが結合したり、分離したり
 することで、『見ための上で』、モノが変化したり消えたりする」
という考え方で解決できることを見事に示したのである。

ちなみに、エンペドクレスが、元素だと考えたのは、
「地・水・火・風」の4つであった。
(古代人の自然観として、この4つが出てきたのは当然の成り行きだろう)

エンペドクレス曰く、

「万物は地・水・火・風の4つの元素からなり、
 その元素は愛や憎しみによって結合・分離する

ここで、
結合の原因として「愛」、そして、分離の原因として「憎しみ」
という概念が出てきたのは、非常に重要なところである。

ここで言う「愛」とは引力であり、「憎しみ」とは斥力である。

複数の元素が、引力や斥力などの「力」によって運動することで
成り立つシンプルな世界。
まさに、現代に通じる世界観を打ち出したのが、
このエンペドクレスという人なのである。

ちなみに、エンペドクレスは、ピタゴラス教団に傾倒しており、
秘教的なことが好きな誇大妄想家でもあったようだ。
ゆえに、発狂して神と一体となるために、火山に飛び込んで死んだ…
という逸話が残っている。
真偽のほどはわからないが、とりあえず、
「歴史上、靴を脱いで揃えてから、飛び降り自殺した初めての人間」
としても名前が残っている…。

ともかく。

「決して変化しない元素」が
「愛(引力)」や「憎(斥力)」によって、
「結合・分離」する

という発想は、近代科学につながる重要な世界観であり、
後の哲学史に大きな影響を与える。