科学哲学史(7) ポパーの決断

人類にとって、反証すら確かな検証方法ではない。

ある人が実験を行い、ある理論に反する結果が得られたとしても、
その実験の前提条件が満たされていないだけかもしれないのだから、
その理論が間違っているのかどうか知ることはできない。

そうすると、
「じゃあ、ちゃんと前提条件を確かめて実験すればいいじゃないのさ!」
と思うかもしれない。

でもだ。

たとえば、「ある実験Aが正しく実行された」 と述べるためには、
「その実験で使っている装置が壊れていないこと」
という前提条件が必須だったとする。

(具体的にいえば、「室温を測る実験で、温度計が壊れていないことが前提条件だ」
 という当たり前の話だ)

で、「装置が壊れていないこと」を確かめるため、別の実験Bを行うわけだが、
そのまえに「そもそも実験Bが正しく行われているか?」が
やっぱり問題になってしまう。
(だって、「温度計が正常かどうかを調べる装置」が壊れていたら、
 話にならないでしょ)

そうすると、「実験Bの前提」を確認するため、実験Cが必要となり、
同様に、「実験Cの前提」を確認するための実験Dが……

実験A ← 実験B ← 実験C ← 実験D ← 実験E ←……(以下無限

結局、「前提を確認するための実験」が無限に続いてしまい、
結論として、ワレワレは、
「OK!前提条件をすべて確認しました!完璧です!」
という地点には絶対に辿り着けないのである。

だから、つまるところ、人間は、どんな実験、観察をしようとも、
「そもそも、その実験の前提条件が間違っているかもしれない」し、
「その前提条件を確かめたと言える方法は原理的に存在しない」のだから、
最初から、反証なんてできないのだ。

つまり、言ってしまえば、
すべての科学理論は、「反証不可能」な擬似科学なのである。

(補足)
もしかしたら
「そんなことないだろ!
 じゃあ、リンゴが地面に落ちたという単純な実験事実までも
 間違っているというのか!」
と声を荒げる人もいるかもしれない。
いやいや、
「そんなのおまえの目(観察装置)や、おまえの脳(解釈装置)が、
 正常に動作していればの話だろ?
 じゃあ、それが正しいという証明してみろよ。いますぐ。ほらほら」
と言う事だってできるし、「夢でも見たんじゃないの?」といわれれば、
それでオシマイなのである。

ポパーが賢かったのは、このような問題点にちゃんと気付いていたところだった。

ポパーは、
「結局、このような疑いを乗り越えて、何らかの科学理論を構築するためには、
 どこかで疑いを止める地点を<決断>しなくてはならない」
と述べた。

「人間は、原理的に、どの観察や理論が正しいかを知ることはできないのだ。
 だから、人間は、どこかで疑いを止めなくてはならない。
 どこかで『この観察・理論は絶対に正しい!』
 という<決断>をしなくてはならない。
 そういう<決断>にもとづいて、理論を構築していかなくてはならない」

つまり、科学理論とは、
『ごちゃごちゃ、うるせぇんだよ!
 とにかくこれは絶対に正しいんだよ!』
という人間の<決断>によって成り立っており、
そのような思い込みによってしか成り立たないのだ。

そして、それは、すべての理論体系(哲学、倫理、宗教)について、
当てはまることである。
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