多世界解釈の問題(2)
●多世界があることを、観測によって証明できない
多世界解釈の問題は他にもある。
質問)たくさんの世界が、重なり合って同時に存在しているっていうけど、どうやったら、もうひとつの別世界を認識できるの?
もっともな質問だ。
だが、これについて、多世界解釈は、「
多世界を認識することは、どうやっても無理だ」とあっさり答える。
そうすると、
「
えぇ〜?じゃあ、多世界があるかどうかを絶対に証明できないってこと?」
というミモフタモナイ話になるが、まったくそのとおりで、ようするに、多世界解釈は、
「
多世界があると言っておきながら、多世界なんか絶対見れないけどね〜」
と言っているのだ。(笑)
「
人間が、多世界を認識することは原理的にできない」
これが「
多世界解釈の2つ目の問題」であるが、よくよく考えれば、当たり前の話である。
たとえばの話、シュレディンガーの猫の実験において、「生きている猫」と「死んでいる猫」が、多重に存在しているなら、それを見ている『人間』の方は、
・生きている猫を見ている人間
・死んでいる猫を見ている人間
という
2つの状態で、重なり合って同時に存在していることになるわけだが、
複数の状態が、重なり合って同時に存在しているといっても、『
今、現に世界を観測している私』は、「
重なり合っている状態のうちのどれか」にしかなれないのだから、
『私』が2つの多世界を同時にみることはできない。
もう一度、別の表現をすると、
「死んでいる猫をみている脳」 と 「生きている猫をみている脳」という2つの状態が、重なり合って同時に存在しているといっても、
「
死んでいる猫と生きている猫を同時にみている脳」
が存在していているわけではないのだから、
つまるところ、『私』は、
「死んでいる猫をみている私」であるか、
「生きている猫をみている私」であるか
のどちらかであり、
『2つの世界を認識するような私』には絶対なれない、という話だ。
したがって、仮に、多世界解釈が正しかったとしても、
「
ワレワレが、実際に多世界を観測して、その正当性を確かめることは不可能」
なのである。