科学哲学史(4) 論理実証主義の問題

論理実証主義(ウィーン学団)に問題があったとすれば、それは、
あまりに厳密にやりすぎたことにある。

厳密に考えるなら、
この世界に存在するどんな科学理論も、正当な理論にはなりえない。

では、何がダメで、正当な理論になりえなかったのか?

しちめんどくさい説明は省いて、非常に簡単に言ってしまえば、
「いくら観察データ集めたって、すべての場合については何も言えない」
ってことにつきる。

たとえばだ。
「黒いカラス」という観測データが、1億あろうと、100億あろうと、
「すべてのカラスが黒い」ということの証明には絶対にならない。
だって、次の100億1匹目に、白いカラスが見つかるかもしれないじゃないか!
次に見つかるカラスが、絶対に黒いなんて保証なんかどこにもない。

ようするに、「1億羽のカラスは黒い」とは言えても、
「すべてのカラスは黒い」とは決して言えないのだ。

さてさて。
ここで問題になるのは、
我々はどんなに観察を重ねても、「すべて」について何も断言できない
にもかかわらず
科学理論とは「すべて」についての理論である、
ということだ。

たとえば、
「質量をもつ(すべての)物体の間には引力が働く」
「(すべての)物体の運動は、ニュートン力学の方程式に従う」
などなど。
科学理論は、「一定の条件が揃えば、どの時刻でも、どの物質でも
 (つまり、すべての場合において)同じことが起きる」
という法則を述べている。

これらの科学理論は、決して正しいと証明することはできない。
だって、「すべて」について、ワレワレは絶対に何も断言できないのだから。
だって、「すべての場合」についてを確かめたわけじゃないんだから。

だから、たとえ、リンゴが落下するところを1億回、目撃しようとも、
「すべてのリンゴが落下する」とは限らない。
歴史的に「過去においてすべてのリンゴが落下した」からといって、
「未来において次のリンゴが必ず落下する保証」なんてどこにもない。
したがって、今後、人間がどんな重力理論を作ろうと、
それは決して確実なものにはならない。

こんなたとえ話がある。

あるニワトリ小屋で、飼育員が毎日、エサを決まった時間に同じ量だけを与えていた。
飼育員は、非常に几帳面な性格だったらしく、何年間も正確に同じことをしていた。
さて、小屋の中のニワトリたちは、
なぜ、毎日 同じ時間に 同じ量のエサが放り込まれるのか、
その原理や仕組みをまったく想像しようもなかった。
が、とにかく、毎日、決まった時間に同じことがおきるのだ。
いつしか、ニワトリたちは、それが「確実に起きること」だと認識し、
物理法則として理論化しはじめた。
そして、その確実な理論から、関連する法則を次々と導き出していき、
重さや時間の単位も、エサの分配についての経済や政治の理論もすべて、
毎日放り込まれるエサを基準にして行われた。
それは妥当なモノの考え方だ。
だって、それは「確実に起きること」「絶対的な物理法則」なのだから。

しかし、ある日、ヒネクレモノのニワトリがこう言った。
「でも、そんなの、明日も同じことが起きるとは限らないんじゃないの?」
そんなことを言うニワトリは、他のニワトリたちから袋叩きにあう。

「ばぁーか、なに言ってんだよ。いいか?
 この現象はな、この世界ができてから、ずーっと続いているんだよ。
 何十代も前のじいさんが書いた歴史書を読んでみろよ。
 それからな、この現象をもとにして書かれた理論、学術論文を
 ちゃんと読んでみろよ。みんな、矛盾なく成り立っているだろ?
 それに、実験による確認だって、きちんとされているんだよ!
 それを何の根拠もなく疑うなんてな。
 そういう無知から、擬似科学やオカルトが始まるんだ。
 おまえは、もっと勉強した方がいいぞ」

しかし、ある日、不況の煽りをうけ長年働いた飼育員がリストラとなり、
ニワトリへのエサやりは、ズボラなアルバイトの役目となった。
次の日、ニワトリたちが、何十代もかけて構築した科学のすべては吹っ飛んだ。

まったく同じ話である。
無限に広がる大宇宙において、地球というちっぽけな辺境で、
歴史という瞬きにも満たない時間で、人間の観察によって築き上げられた科学理論が
ある日、「あら、うそだったのねー」とならない保証なんかどこにもない。
長年、確実に正しいと信じられていたニュートン力学が
「ごめーん、かんちがーい、見当違いでしたー」だったみたいに、
今ボクらの持っている科学理論がすべてどーしよーもない勘違いである可能性だって
あるのだ。

つまるところ、
どんなに実験と観察を繰り返し、検証を進めようと、
科学理論は決して確実なものには原理的にならないのだ。

だってさ!
ボクらの計り知れないところで、ある条件が揃うと、どこからともなく 
「サービスタイム はじまりました!」
という声が響いて、突然、重力が反転するかもしれないじゃないか!
いや、まじでさ!