最初の哲学者タレス B.C.600年頃

世界を説明する役割を「神話」が担っていた時代は、長く続いた。

それは仕方ない。
ママとパパ、お兄さん、お姉さん、おじいちゃん、おばあちゃん、おとなりさんも
身の回りの人、すべてがその「神話」を強烈に信じ込んでいるのだ。
そんな中で育てられたら、「神話」を疑うという発想すら出てこないだろう。

そもそも「神話」というのは、
我が民族 先祖代々の人間たちが、みな信じてきたことである。
その「神話」を疑うなんて、民族の歴史、文化を否定する冒涜行為だ。
それが「嘘でした」なんてことはありえない!
だから、「神話」が間違っているはずがない。

だが。

人間は農耕を開発して食料を貯蓄し、だんだんと豊かになっていく。
そうすると、民族の人口は一気に膨れ上がり、いつしか他の民族と出会うようになる。
他の民族と交流することにより、人間はだんだんと おかしなことに気づき始める。

世の中には、自分たちとは「まったく違う神話を持った民族」がいて、
彼等も自分たち同様に、その神話を「真実」だと信じ込んでいる……!

「彼等は嘘を信じているのか?それとも、我等が嘘を信じているのか?
 それとも、両方とも嘘か」

こうして、初めて人間は、
「神話は、ただの空想にすぎない……」
と気がつき始めるのだった。

そして、B.C.600年頃。
ついに、古代ギリシャのミトレスにおいて、人類史上初の哲学者タレスが現れる。

まず、哲学者が生まれたミトレスという場所について知る必要がある。
ミトレスは、発達した商業都市で、各地からさまざまな商品が集められて
自由に交換されていた場所だった。

さまざまな民族の人間たちが、交易のために集まる街……。

こんな場所に住んでいれば、嫌でも神話の違いを目の当たりにするだろう。

「おまえらの故郷の神話、黙って聞いてりゃ、みんな言うこと違ってんじゃねえか!
 一体、どれが本物だよ!根拠もねえしよ!」

こうして貿易商人であったタレスは、
世界の成り立ちについて、自分で考え始めるのだった。

その結果、彼は
「万物のもとは水である」
と結論付けた。

「すべての生命は水を含んでおり、水が無くなれば、乾いてボロボロになって消えてしまう。
 人間も動物も農作物も、みな水により、生きている。
 したがって、万物の根本的な存在は、水である」
とタレスは考えたのだろう。

幼稚な考えかもしれない。
が、神話よりは、マシだ。少なくとも、神話を離れ、
「世界について、自らの観察により、自分なりの考察を述べた」ことは、
歴史において重要で大きな一歩である。

「山は山であり、馬は馬である」としか捉えていなかった当時の世界観の中で、
「それらを構成している基本的な要素とは何か?
 (馬は何から出来ているの?リンゴは何から出来ているの?)」
という問いかけはまったく画期的な発想だった。

タレスは、今でも人類史初の哲学者として名前が残っている。