哲学的問題(2)

つまり、あらゆる問題は、それを問題だと思わない人からすれば、決してラチのあかない机上の空論にすぎない。もしくは、なぜ、それが問題なのかすらわからない。

ところで、東洋の哲学(仏教を含む)などは、この点を踏まえていて、面白い。

西洋の哲学は、そういうラチのあかない問題について、徹底的に議論を重ねて、仮説を立てて、検証を繰り返すのに対して、東洋の哲学は「そもそも、なぜそれを問題だと思うのか?」という『精神構造』『思考体系』の方を主題とする。

つまり、東洋哲学における問題の解決の仕方は、問題そのものを解くのではなく、

それを問題視する精神構造を徹底的に理解して、それを問題だと思わないようにする

というものである。


それはある意味では、完璧な解決方法だ。

西洋的な解決方法では、原理的に、問題を解決することができない。

なるほど。この問題の原因は、『A』が理由だったんだね。おっけー、わかったよ。でもさあ、じゃあ、なんで『A』があるの?え?『B』が原因?あ、そうなんだ。じゃあ、なんで『B』があるの?

と、次から次へと疑問と問題がつむぎ出される。
それは構造的に決して終わることがない。

それに比べて、東洋哲学は、完璧だ。ようするに、
おれって、なんでこうなんだろう。うまくいかないんだろう。ああ〜、大問題だ〜
ということを、
いや〜、全然、問題でもなんでもなかったわ!オレ、なんであんなに悩んでたんだろ!
としてしまう。
その人にとって、「そんなもの問題ではなくなった」のだから、本当にそれで「問題は終わり」なのだ。

あとは問題のない素晴らしき人生を満喫!
ビバ!東洋哲学!

ただし、東洋は、そのおかげで、「なんで月は地球の周りをまわっているのか?」とか、そういうことについて、誰も問題だとは思わなかった。
だから、東洋は科学が発展しなかった。
だから、東洋の生活レベル、知識レベルは低い。
だから、東洋は貧しい。

でもでも、それでも別にいいんです!!

だって、そんなの問題じゃないんだもん。

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