人工生命ティエラ

「人工生命は、生命系特有の振る舞いを示す人工的なシステム
 についての研究である。
 これは生命というものを、地球に生じた特別な例に限定せず、
 可能な限りの表現を通して説明しようとするものである。(中略)
 究極の目標は、生命系の論理形式を抽出することである」ラングストン

進化生物学者であるトム・レイは熱帯雨林で、
進化の形跡を求め観察を続けていたが、
次第に強い不満を感じるようになっていった。

「進化のプロセスに対して、人間の寿命はなんて短いんだ!
 進化のプロセスをこの目で見ることはできないものか!」

1987年。
トム・レイは東芝のパソコンを買い、それを使って、
学生のころに思いついた自己複製するプログラムを作ろうと考え始めた。
レイは、人工生命という言葉の名付け親であるラングストンの噂を聞きつけ、
彼と連絡を取り合い、ついには、
人工生命システム「ティエラ」を生み出し、
一躍脚光を浴びることとなる。

ティエラの原理は非常に単純だ。

1)自己複製
 ティエラでは、自己複製を行う1個のプログラム(遺伝子コード)を
 「仮想生物」と見立てる。
 仮想生物に与えられるエネルギーは、割り当てられるCPU時間である。
 また、仮想生物が存在するための空間は、メモリー空間である。

2)死
 コンピュータ内のメモリーが仮想生物でいっぱいになれば、
 当然、子孫を残すことは出来ない。
 メモリーが80%以上使われると、「死神」が現れ、
 仮想生物のうち古いものから消去される。

3)突然変異
 宇宙線によって起こる突然変異に等しいものとして、
 自己増殖時に、一定の確率で、
 遺伝子コード(CPUへの命令コード)のビットがひっくり返す。

たったこれだけだ。
こんな単純な「ティエラ」を コンピュータで長時間動かして、
仮想生物たちを生み出していった結果、
プログラムした本人すら予想もしなかった仮想生物が次々と生まれていった。

・パラサイト(寄生種) 
 まず、最初に現れた興味深い種である。
 こいつは自己複製するプログラムを持たない。
 自己を複製するときは、他の生物の自己複製プログラムを利用する。
 自己複製プログラムを持たない分、使用するメモリ空間が小さいところが、
 他の生物より優れている。
 しかし、寄生種が増えてメモリ全体を満たし、
 宿主(祖先種)の数がわずかになると、寄生種は急速に数を減らすことになる。 
 寄生種が減ると宿主は再びその数を回復し、するとまた寄生種の数が、
 その後を追って回復する。
 このように自然界における捕食者と獲物の個体数の周期変動が観察された。 

・ハイパー・パラサイト(寄生種への寄生) 
 寄生種に対して、寄生する種である。
 寄生種が、自分の自己複製プログラムが利用してきたとき、
 寄生種をだます情報を用意し、その結果、寄生種ではなく、
 自分自身を複製させてしまう生物である。
 寄生種が持っているエネルギー(CPU時間)を奪ってしまう種という意味で、
 ハイパー寄生種と呼んでいる。

・社会的パラサイト
 社会的パラサイトは集団となる事により、お互い助け合いながら複製を行う。
 お互いに近隣のプログラムを利用することで、お互いの増殖を助けあう。

・チータ(だまし屋)
 社会的パラサイトにもぐりこみ、ハイパーパラサイトと同様の方法で、
 自分自身を複製させ、社会的パラサイトのエネルギーを奪ってしまう種である。

その後、さらなる実験で仮想生物たちはセックスさえ発見した。
仮想生物同士で遺伝子を混ぜ合わせて、
新たな遺伝コードをもった子孫を産み出したのだ。

さあ。
ここで重要な点は、ティエラが実在の生命をシミュレートしたものではなく、
「増殖、死、突然変異」という簡単な仕組みを与えて、
メモリ空間という環境を放置しただけだと言うことだ。

たったこれだけのことで、
そこに明らかな「生物的な活動と知性」の発生を確認することができる。