時間

1983年、京都において、東西の様々な分野の学者が集まり、「時間」というものについて論じ合った。しかし、その結果は、それぞれの分野の講演に対して、別分野の学者の質問がまったく噛み合っていないということが露呈しただけだったそうな。

司会者である京大教授の感想は以下のとおりだ。

「正直に言って残念ながら、物理学者ハーケンと哲学者ビーリ、心理学者パッペルらの議論は噛み合っていない。物理学者が『時間の矢』ということで問題にしているのは、物理学として基本法則(運動方程式)では『時間の矢』の向きは、未来、過去の両方が完全に同等であるのに、『なぜ日常の現象では時間の矢の向きは、未来の方向へと、はっきりしているのか』という事実を理解するのに苦しんでいるのだが、物理学者でない人々はおよそ何が問題なのかも正しく理解していない。専門の異なる人々の議論は、このようになかなか難しく、はがゆいものである」

なかなか厳しいお言葉だ。(笑)

だが、たしかにそのとおりである。
物理学は、哲学や心理学とはまったく違った問題意識を「時間」について持っている。

その問題とは、京大教授の言葉にもあるように、
なぜ、時間は未来にしか進まないのか?
ということである。

そもそも考えてみれば、太陽系を逆に回転させても万有引力の式は成り立つ。光をプリズムでスペクトル拡散させても、もう一度プリズムと通せばもとの光になる。つまり、時間を逆にしても、物理法則的には何の矛盾も発生しない。

実際に、数式で考えてみても、
ニュートン方程式、
マクスウェルの電磁方程式、
シュレディンガー方程式、
相対性理論の方程式、
これらすべての基本方程式には、時間の過去と未来の区別がない。
ようするに、
時間( t )を 時間( -t )に 置き換えても(時間反転させても)、方程式の形は変わらないのだ。
このことを「時間反転の不変性」と呼ぶ。
(ただし、K中間子の崩壊現象は、例外であり、「時間反転の不変性」が成り立たない)

物理学の方程式から考えると、世界の時間というのは、( t )だろうが、( -t )だろうが、どっちでも良いのである。
にもかかわらず、現実として、時間は未来へ向かっており、時間が逆行するような現象は観測されていない。つまり、方程式が時間( -t )となる現象は起きていない。

ようは「時間はなぜ未来にだけ進むのか?」っていうのが、わからないのである。

物理学における時間論の最大の問題は、「過去と未来の非対称性」の起源である。


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